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侯孝賢監督の『珈琲時光』の撮影が東京で始まっている

蓮實重彦

八月一八日の月曜日、不思議な体験をしました。その機会を与えてくれたのは、侯孝賢監督です。小津安二郎にささげるべきオマージュとして『珈琲時光』を日本で撮影中の彼から、出演依頼を受けたのです。「出演」といっても、エキストラとして画面の一部にちょっと存在していてくれればよいといった程度のもので、もちろん台詞などありません。実は、前作の『ミレニアム・マンボ』(01)のときにもそんなお話があり、いかにも光栄なことではありましたが、当時は定職をもっていた身でもあり、週末に那須の温泉客として湯船に浸かっているだけでよいという侯監督の言葉に添うことはできませんでした。今回は神田の古本屋の客の一人だという。喜びと緊張とで足をもつれさせながら、指定された誠心堂書店にかけつけました。

東洋の歴史や文化を扱う書物ばかりを集めた誠心堂は、いわゆる古本屋街からやや離れた白山通りに位置する小さな書店です。そこでの撮影というから借り切っているのかと思っていると、カウンターには浅野忠信さんがぽつねんと座っているのに営業はストップしていない。実際、キャメラに指示を与える侯監督の脇をすりぬけるようにして、お客さんが何人も入ってくるのです。なかには、何冊か本を買っていく人もいる。すると、レジの前に陣取った浅野さんが、ややはにかむようにして奥に控えた本物のご主人を呼んで支払いをして貰っている。何か気配を察して入りにくそうにしているお客さんには、私が「いらっしゃいませ」と声をかけ、入ってもらったりしました。

もちろん、撮影には時間待ちがつきものです。侯監督は、近くの喫茶店を指定し、そこで待つようにというので、通訳の小坂さんの案内で、表通りからやや離れたところにある古びたコーヒー専門店に腰を据え、時間を潰していました。『珈琲時光』という題は、監督の説明を理解した限り、親しい人々とコーヒーを前にして過ごす貴重な時間の拡がりといったもののようで、まさしく私は珈琲時光の何たるかを一人で体験していました。不意に、建て付けの悪そうな扉を押して侯孝賢が姿を見せる。幾分か緊張して彼を迎えると、撮影ではなく、昼食への招待でした。ほかが満員だというだけの理由で、近くの台湾料理屋に入ると、ウェイトレスの何人かが、中国語で「侯孝賢さんですね」と声をかけ、目を輝かせている。「ええ」と彼は何の気取りもなく答え、われわれはのんびり食事をとりました。小津のカラーがいまはもう存在しないアグファだったとか、そんなことが主な食卓の話題でした。

私の「出演」場面の撮影が始まったのは、午後二時をすぎていたでしょうか。現場では、監督が、浅野忠信さん、一青窈さん、それに誠心堂のご主人夫妻に、丁寧に紹介してくれました。キャメラはレジの奥くに据えられて、ほとんど見えない。私が指定されたのは、一つの棚の前からレジの前を通って別の棚に移動し、そこで一冊の本を選んで支払いをすませるというものでした。その間、古本屋の若主人である浅野さんが、一青さんに、モーリス・センダックの絵本について、何やら説明している。そこに割って入るように、私が書物を買えばよいというのです。侯監督は、どれでも好きなものを買えという指示しか与えません。スタッフの一人がポケットに一万何千円だかを入れてくれました。ヨーイもスタートもなく、いつの間にか撮影が始まっている。さきほどの喫茶店の主人が出前でコーヒーを持ってくるのですが、そんな話を聞かされずにいた私は、ごく自然にその姿を見送ってから、買い物をすませ、浅野さんがくれるお釣りを握りしめて、外にでました。

白山通りには、軽トラックに積まれたヴィデオ画面の前に侯監督がしゃがみ込み、まだ店内で続いている演技に見入っている。それを見たとたん、からからに咽がかわいている自分に気づきました。そして、お釣りとともに本を包んで手渡してくれたときの浅野忠信さんの微笑が、この世のものとも思えないほど澄み切っていたことを思い出しました。あれこそ、スターの瞳というものなのでしょう。しかし、『アカルイミライ』の、そして『座頭市』の主演者であり、いまは『珈琲時光』の主演者になろうとしているこの大スターと「共演」したという実感は、まだ現実のものとはなっていませんでした。

撮影が終わってから、侯孝賢は通訳の小坂さんとともに日本語の台詞回しを確かめている。じっと小さな画面をのぞき込んでいた彼は、やがてスタッフの方に向きなおり、OKのサインをだす。それから私に、買った本は記念に持ってかえるようにというのです。「ところで、何を買ったんだい」。『妖怪』という題を示すと、にっこり笑って署名してくれました。だが、それにしても、リハーサルもなく、たった一つのテイクで本当に撮影は終わってしまったのでしょうか。完成された『珈琲時光』に私の姿が写っているとは到底信じられぬまま、不意に現実感を持ち始めた八月の湿気をかきわけるようにして、『妖怪』で重さをました鞄をかかえて現場を離れました。あの場面は、間違いなく最終的な編集でカットされるという深い確信とともに。



2003年9月