闘いなくして、映画はない
映画狂人 meets 万田邦敏(映画監督)



カンヌ国際映画祭でゴダールと会った

蓮實――万田邦敏監督『UNLOVED』の日本公開に向け、喜びいさんでしゃしゃり出てまいりました。どちらかと言えば口が重いかもしれない万田監督に、今回は縦横無尽に語っていただきたいと思っております。万田監督は、1956年東京に生まれ、立教大学の映画サークルで黒沢清さんと一緒に活躍され、学生時代にすでに8ミリの傑作といわれる『四つ数えろ』という、跳ねるような飛ぶようなゴダールよりも凄い作品を撮られました。以降脚本や映画批評を執筆なさるかたわら、テレビでも中編を何本か演出しておられましたが、昨年、ついに長編第一作となる『UNLOVED』を撮られました。その魅力についてはおいおい語ってゆくことになりますが、まず題名について。これは、何故英語になっているんですか?
万田――最初は「愛されざる者」というタイトルでした。これは当然イーストウッドの『許されざる者』からきたタイトルなんですけれども。これをプロデューサーにもっていきましたところ、公開するにはちょっと固いんじゃないか、ということで、別のタイトルを考え、そのまま横文字にしました。
蓮實――ということは、否定形の接頭語UNは『許されざる者』の原題 "unforgiven" にかかってるわけですね。
万田――そうです。最初からそうでしたから。
蓮實――『UNLOVED』は2001年のカンヌ映画祭の批評家週間に出品されて注目を浴び、さらに第一回作のためのキャメラ・ドール賞の最有力候補でもあったんですよね。映画祭に行かれたのはこれが初めてですか?
万田――はい、海外映画祭は初めてでした。
蓮實――処女長編でいきなりカンヌに行かれていかがでしたか? いろんな人がふらふら歩いてるでしょ?
万田――いや、それがもっと歩いてると思ってたんですよ。そうしたらセレブな方々というのはやっぱり表にはあまり顔を出さないんでしょうかねえ。人はごったがえしてるんですが、あまり会いませんでした。ホテルから会場に向かう途中で、遠くから候考賢監督が歩いているのが見えて、やっぱりカンヌだな、なんて実感したくらいでした。僕はミーハーな方ですから、もっと会えるかと期待してたんですが、それはなかったです。
蓮實――でも、とりわけ会えるとは思っていなかった人に会っちゃったという話も聞いているんですが。
万田――これがですねえ(笑)、ランチに入った店で目の前のテーブルに、ゴダールさんがいたんですよ。それで、僕らのテーブルがざわめきたったんですね。通訳の方がそれを制して「そんなに騒ぐんじゃない、お店を出る時に声をかけるようにするから」というんです。でも、そうなるとこちらは食事どころではないんですね。ゴダール、いつ出るか、なんて見張ってるわけです。そうするとゴダールっていう人は席を立つ時早いんですね。ささっと立つ。「あ、ヤバい! 逃がす」と思って通訳さんに言ったら、走って追いかけて声をかけてくれまして、握手をしました。写真まで撮ってしまいました。持って来たので、お見せします。
蓮實――いわゆる、ツーショットってやつですね。しかし、ゴダールの『愛の世紀』とおなじ年にカンヌにいかれるのも万田さんの人徳ですね。
万田――驚くべきことに、ゴダールさんがですねえ、実ににこやかにカメラ目線で微笑んでいらっしゃいます。私の方は、緊張しまくりでございます。びっくりしました。ものすごくラッキーだったと思います。実は批評家週間で最初に賞を取ったということを知らせる通知を受け取ったのは、この当日だったか翌日だったかでした。これはゴダールに肩に手をかけて貰ったお陰かなあなんて喜んでおりましたら、その翌々日に財布を盗まれました(笑)。

第一回作にセックス映画を撮った監督と、撮っていない監督

蓮實――日本の若い監督には、第一回作にセックス映画を撮って、その後偉大になっていった監督と、セックス映画をまったく撮っていない有望監督の二組に分けられます。黒沢清監督は『神田川淫乱戦争』……。あれには、万田さんは、助監督についておられたんですよね?
万田――はい。
蓮實――塩田明彦さんも『露出狂の女』を撮っておられる。それから、他には……。
万田――周防正行さん(『変態家族 兄貴の嫁さん』)。
蓮實――外国でも、日本の優れた若手監督の第一回作はポルノ映画が多いということはみんな知っています。でも万田監督は遂に撮られませんでしたね。
万田――そうですね。
蓮實――お話もなかったんですか?
万田――いわゆるセックス映画といわれるほどではないんですけれども、ギリギリガールズを主演にしたビデオの話がありました。これは撮影もして編集もして、音も途中まで入れたんですけれども、そこで制作のストップがかかりまして、結局、最終的に作品にはならなかったというのがあるんですけれども、でもそれもセックス映画というよりはちょっとしたお色気であって。で、実はそのお色気部分っていうのを僕は全然撮らなかったんで、それも制作中止になった理由の一つかな、なんて思ってるんですけども。その程度の企画は僕のところにも来たことは来ました。
蓮實――そうですか。ちょうど80年代の中ごろから90年代の中ごろにデビューした若い日本の監督は、だいたいそれを撮られるわけです。万田さんは、やりたくはなかったんですか? それとも、やらなくてよかったですか?
万田――どうなんでしょうね。多分、いまの方がやりたがってると思うんです。いまだったらなんかできるかな、と。当時はあまりやりたくはなかったと思います。
蓮實――おそらく、他の監督たちにとってのポルノにあたるものが、万田監督にとっては『宇宙貨物船レムナント6』ということじゃないかと思うんですね。
万田――はい。
蓮實――これは文字通り宇宙を舞台にしたSFで、万田さんがとりわけお好きそうな題材でもなさそうだし、また作り方としてもコンピューターによる画面処理も少なくなく、今後その方向に進もうとして撮られたものでもないと思うのですが、しかし中編とはいえ第一回作品にあたるわけですね。押井守さんが絡んでおられる企画ですけれども、この題材で撮れといわれてどう思われましたか?
万田――最初、企画が仙頭プロデューサーから僕に来たんです。仙頭さんが、まだWOWOWにいた頃で、J-MOVIE WARS シリーズをやってました。僕の方からも自分の企画をもっていったりもしたんですども、これは仙頭さんに受け入れて貰えなくて。それから暫くたってから、突然「短篇なんだけれども、企画があるからやってくれないか?」と当時助監督だった青山真治くんを通して僕のところに話が来まして。最初企画書を見たとき、僕は目がテンになったんですね。予算が3000万位とは聞いてはいましたが、そこにいわゆる『ポセイドン・アドベンチャー』の宇宙船版のあらすじみたいなものが書かれていたわけです。これはどういうことなんだ? と。予算3000万円で、はじめから負けの見えてる映画を僕に撮れっていうことね? と驚きました。さすがに『ポセイドン・アドベンチャー』はできないんで、どうしようかといろいろ考えて、いまある形にもっていったわけです。
蓮實――『レムナント6』を見た時に非常に惹かれたのは、女性が活躍するということなんです。単にシガニー・ウィーバーのような派手な活躍ぶりではなく、女性が画面にうまくおさまるってことです。最初に彼女が登場する時に、その動きを追ってキャメラはパンをしてる。そして、その中で彼女は化粧して自分の顔を整え、着ているものを脱ぎはじめるのかと思うと、ゆっくり宇宙服を着始める。あのあたりのノリが非常に良かったんです。パンから入ったというのはどうしてですか?
万田――つっこまれると大変困るのですが(笑)。
蓮實――ヒロインを導入するのに固定画面から入るのではなく、彼女がすーっと歩いてきてキャメラに近付く。
万田――横顔というのはあったと思うんですね。なぜそうかというと特に理由というのはないんですけれども。女性を撮る時に、横顔を撮りたいという願望というのでしょうか。その横顔から入ってくるというイメージはあったんですけれども、それがパンなのか固定なのかということに関しては、気分や直感に任せていたところがあると思います。
蓮實――登場人物が初めて出てくる時、彼女だけがパンなんです。あとはみんな固定でしたね。かなり大きなバストショット、もう少しキャメラがひいているでしょうか、それから彼女が身づくろいをするあたりは胸がワクワクしました。というのは、同世代の黒沢清さんにしても、後輩にあたる青山真治さんにしても、あまりそのように女性にキャメラを向けないでしょう?
万田――そりゃあ、もう、向けないですね。
蓮實――何故向けないんでしょうか。
万田――うーん。何故でしょうかねえ。僕も、女性が被写体の時は凄く照れたりするんですけれども、黒沢さんなんかはそういう照れが人一倍強い人だったりするんですよね。で、ついついそうしない、そうしないことをもう、意地になってやってるという感じで。そういう意味では僕らの仲間に塩田君がいますが、塩田君の場合は、そういことは好きでやるんですよね。
蓮實――塩田明彦は8ミリ時代から女性をみごとに画面におさめていましたね。黒沢さんは、女性は存在するけれども画面の中には活かしてやらんぞ、っていうふうにね。
万田――そうなんですよ。

女性の手が入った脚本

蓮實――日本の文化の歴史というと大袈裟ですが、仕事ができる環境というのはある時、不意に思いがけずやってくるということがあります。これは凄いことだと思いますが、万田さんはその機会をずいぶん待たれましたね。しかし35ミリ長編で、いつかデビューするぞというお気持ちはあったわけでしょう?
万田――そうですね、いつかは撮れるかなと思ってました。
蓮實――比較的早い時期から劇場用の映画を撮られた黒沢清さんは、なんか大学で8ミリ撮っていた時と同じように35ミリの映画を撮っちゃう?
万田――そうなんですよ、驚きですよね。
蓮實――万田さんの場合は、期待されながらもデビューに若干時間がかかっただけに、自分なりの戦略を立てておられるようにみえます。たとえば8ミリの傑作『四つ数えろ』みたいな映画は今後撮らないでしょ?
万田――自主映画で自分でキャメラを回して撮りたい、という欲望は、あるんですけども。
蓮實――だけど35ミリで、というのは。
万田――ないです。
蓮實――そして、長編第一回作として『UNLOVED』を撮られた。胸をしめつけられるような緊張感のみなぎる優れた作品ですが、たとえば黒沢さんだったら絶対にしないだろうと思えるのは、女性の手を加えた脚本だったということなんじゃないかと思う。脚本は奥様と共同執筆ですが……。普段、日常生活を共にしている奥様と一緒に仕事をする時はどんな様子でした?  おい、これから仕事するぞー、となさるんですか?
万田――いや、小さな子供がいるものですから、子供が寝てから、深夜ですよね。12時位から明け方の4時頃までするんですけれども。はいりかたはすーっと、「じゃあ、やる?」なんていうような感じですね。
蓮實――その時に、脚本としてはこれでいいぞ、という段階がどこかにあるはずですね、あとは撮影に入るという。そういう時には奥様と討論なさるわけですか? 監督の万田さんが、「これでヨシ」と決めればそれで済んだわけですか?
万田――これは、どちらかというと奥さんが「これでヨシ」と決めて撮影に臨んだという感じです。そもそもの企画は、彼女が立てたものなんです。話は戻りますが、映画の企画は、僕自身の企画と彼女の企画と二本用意して仙頭さんにもっていったんです。最初は僕の企画しか見せませんでした。僕自身、彼女の企画をあまりよくつかんでいなかったし、のれなかったので。僕のものが通ればそれでいきたいというのもありましたから。それを見せたら「いまはこれじゃないな」という仙頭さんの判断がありました。そこで、もうひとつこういうのがありますが、と、彼女の企画をまず口頭だったのですが伝えたところ、「それ、いいんじゃないの」と決まって、家に帰って「僕のがダメで、君のが決まったから、これ一緒に作ろう」みたいな形でスタートしたものですから。そうすると主導権は彼女がずーっと握りっぱなしで(笑)。僕自身は、よくわからなかったわけですね、この主人公のキャラクターの設定というものが。珠実はかなりしっかりと核となるものを握っていました。しかし彼女はプロのライターではないので、そのまま脚本にはなりづらい。僕の方でリライトしながら、今度は僕自身のものを加えていく。そしてそれをまた彼女が読んで、「これは違う」とか、そういったディスカッションというのが、後半は喧嘩をするように侃々諤々というか、そんなふうにやっていきました。
蓮實――とにかく、『UNLOVED』、女性が愛されないという話ですから、女優の選定というのは大変大きくなってくるわけですね。これは一発で決まったわけですか?
万田――この作品は準備の期間というのが殆どなかったのです。これでいこう、となってから一カ月くらいでクランク・インでした。実はこれをカンヌにもっていこうという腹づもりが仙頭さんにはありましたから、それに間に合わせえるということでスケジュールを逆算したんです。その1カ月の中でキャスティングを含めたすべての準備をしなくてはなりませんでした。当初、僕と珠実のイメージは今野美沙子さん、沢口靖子さん、細川ふみえさん、といった人でした。
蓮實――細川ふみえですか!?
万田――はい、いいんじゃないかなと思いまして。どうですかね? 薄幸な感じがいいなあ、とね。
蓮實――それはちょっとひねてますねえ。その発想は(笑)。でも、北野武監督の『菊次郎の夏』のフーミンはとてもよかった。
万田――それで何人かの候補があがったなかで、絞られていきまして、最後に森口(瑶子)さんでいきたい、と僕の方から仙頭さんに頼みました。脚本を読んでもらって、森口さん自身も出たいといってくれまして、スケジュールを空けていただくことになりました。
蓮實――女優が決まる時には、たとえば全体の人物像でのことなんですか? それとも先ほどのように横顔といった、細部にこだわるんですか? 手が綺麗でなければいけないとかいうように。
万田――今回に関しては、あまり細部にこだわらず、全体の雰囲気だったと思います。
蓮實――男優の方は?
万田――何人か候補をあげたのですが、先ほど言ったようにスケジュールが迫っている。なかなか体の空いている役者さんがいない。で、限られた中から仲村(トオル)さんと松岡(俊介)さんにしぼったのですが、こういうのは本当に〈出会い〉だと思うんですけど、お二人ともとても良かった。

自分が〈居るべきところ〉に居ない微妙な感覚

蓮實――『UNLOVED』では、屋外のシーンももちろん多くあるんですが、男女の心的な葛藤を描く室内シーンが重要になってきます。最後も当然室内における長い対話になるわけだし。このあたりで室内の空間設定はどのように考えられたんでしょう? 内部の空間にあまり物が置いてないアパートですよね。
万田――ほとんど必要不可欠なものしかありません。生活感をもろに出したくありませんでした。それともうひとつは、難しかったわけです、室内というのが。特に日本家屋といいますか、木造に近いアパートで、六畳間が二つあって、キッチンがあって、六畳間は畳ですから、じゃあ、そうなってくるといろんな映画監督の名前が浮かんで、あの人はこう撮っていたとかいうね、そういうことになってくるんですよね。それにあまり縛られてるのも困ったなとか。もうひとつは畳の場合って、人物がぺたっと座っちゃうとなかなか立つきっかけというのが作れなくなってくるんですよね。立ったり座ったりがやりにくい。これが洋間の場合だと椅子でさっと立ったり、さっと座ったり、どっか行ってなんかやって、なんか持ってきたりと、ま、黒沢さんが得意とするものなんでしょうけれども。それが畳の場合だとなかなかやりづらい。ところが、その畳の場面がやたらと長く、人物が延々と喋っている。これをどういうふうに画面に切り取って見せていくかというところが、すごく苦労したんです。どういう戦略をみつけてっていうところまでは考え尽くせなかったんですよね。もう余裕がないから、これか! みたいな直感にまかせたような形で撮ったんです。それと、これはまあ、なぜと言われると困るんですが、僕はキャメラが斜めに入るというのがすごく落ち着かないんですよね。ついつい人物を撮ると、殆ど正面に近い形で撮る。いわゆる斜めに撮って自然な形を出すっていうのが肌に合わないものですから。これも結局、某偉大な映画監督のことが染みついていて、そこから抜けられないということかもしれませんけど。とにかく斜めに入るというのがなんか落ち着かない。ついつい正面あるいは横に入っていって、そのカットのつながりでどれだけ変化を付けていけるか、みたいなことでした。
蓮實――あれはセットですか?
万田――はい。室内はセットです。
蓮實――彼女が働いているあれは市役所になるんでしょうか? あそこは?
万田――あそこは実際の市役所に空いているスペースがありまして、そこに机やカウンターを持ち込んで作りました。
蓮實――ああ、いかにも市役所っぽくやっているという感じがあって、家の中が比較的何も無いでしょう? だからそことの関係で空間もそれらしいし、職員たちがいかにも市役所の職員っぽいでしょう。
万田――ええ、すごく、ぽいですね。
蓮實――公共の空間と個の空間とが全然違うところが、面白かった。ヒロインの女性の場合は、公共の場でも自宅でもまったく同じ振る舞い方なんです。で、その公共の場に仲村トオルが来て、なんとなく「この娘、デキるな」と思う。二人はまた偶然に会い、裕福な男の方が女性に惹かれるというかたちで話が進んでいく。あの話をそのまま進めていくと日本版『プリティ・ウーマン』になるわけです。そこらへんの問題は、どっかまでこれでやってやろう、というお気持ちがあったんですか? ファッショナブルなブッチックで買い与えた衣装を着させたり、一流のレストランに連れていったり。ホテルのバスタブはありませんでしたけれども、このままいくとハリウッド的になりそうだけれども、この娘は違うんだ、っていうような感覚は最初からあったはずです。たとえば男につられて派手な衣装で豪華なレストランに行きますよね、レストランに行って、電話をしに仲村トオルが行ってしまうあたりの気詰まり……ふと、自分が〈居るべきところ〉には居ないという感じが非常に良いんです。さりとて、豪華な場というものに対して、あの女性が拒否反応をしているわけでもない。
万田――そうですね。
蓮實――その微妙な感覚だと思う。
万田――豪華な場所そのものを拒否しているっていうわけでもないし、それが悪いっていうんでもない。ただ、そこに自分は居られないっていう気持ちなんですね。『プリティ・ウーマン』に関しては、企画の時からあったと思うんですね。流れとしてはそうなりそうな話が、そうはならなくなっていく。まあ、主人公がそういうキャラクターであるという。まあアンチ『プリティ』みたいな、そういう気持ちは頭の中にあったんじゃないかと思うんですけど。
蓮實――当然、豪華なレストランは公共の場ですけれども、自宅というのがあって、その自宅というのはアパートの二階であるわけです。もちろん外見はロケなんだと思うんですけど、アパートの階段をどちらから降りるかというようなことを考えながら、あそこの場を選ばれたわけでしょう?
万田――あそこは、階段先行でロケ場所を探してもらって。実はあそこはボロいアパートという設定だったんです。実際にはあまりそのボロさっていうのはなかったんですけれども、階段の構造で、正面に階段があって手前に空いたスペースがあって、それでもうそこに決めたんです。
蓮實――そのあたりはキャメラマンの方と、一緒に決められました?
万田――一緒に決めました。
蓮實――そのアパートの前に男が高級車で乗り付け、場違いな感じになる。
万田――えー、なんというんでしたっけ、まあ、高級車です。
蓮實――その時、フレームに入る自動車の車体の大きさがちょっと違うんじゃないかと思いましたが。
万田――でかい、ってことですよね。
蓮實――画面の手前で、ちょっと異常にでかいかな、と。
万田――僕もあれはちょっとイメージした車ではなかったんですけれども。いわゆる、仲村さんの男性の設定がそこそこお金まわりも良い、生活も豪華だと。そうすると乗っている車も高級車だと。そこで劇用に使える高級車を探してもらって、僕は車に関しては全然無知なものですから、制作部に探してもらって。写真で見せてもらって、それで決めちゃったわけです。で、現場で実際に見るとでかいわけですよ。こんなにでかいの? と、しまった、と。
蓮實――それが画面の中に占める大きさだけがちょっと違うかな、という気がしたんです。
万田――ただ、逆に、こうなったらこのでかさが、あの男の尊大さというものに見えてきたりもしないかな、なんていう気持ちにもなったんですけど……、やっぱりでかい、です、ね。

演出というものがあらゆるものを統御するものではない

蓮實――仲村トオルがたずねてくる貧しいアパートに、別の男性が引っ越してくる。この二人の男同士がこれが奇妙なんですね。いわゆる単純な三角関係なんですけれども、それぞれが、嫉妬にギラギラ燃えるというのとは違う立場で、お互いに対し合っている。しかも会って、お前はなんだ、なんていう話になるわけですね。あのあたりの気詰まりさ加減が際立つシーンに、演出家としての腕の見せどころを持っていっている。それは、最初からのアイデアですか?
万田――それを言われるとめちゃくちゃキツイんですがねえ。実はですね、やっぱりそうなんですね、そこがやっぱり腕の見せどころだったんですよね、本来は。あのう、僕はですね、撮影の前にコンテを切って臨むタイプなんですけれども、実はあのシーンだけがコンテを切れなかったんです。前日までずうっとコンテを切れずに、ちょっとどう撮っていいか、いきなりわからなくなりまして……。それで、当日現場に行って、まず役者さんにワンシーン通して、結構長いシーンなんですけれども7、8分を通してやってもらって、それを引いたところからずっと見てて、それを見てもまだ、自分の頭の中にこれはどう割るべきかっていうのが見えてこなかったんですよね。それで、僕としては初めてだったんですが、いわゆるマスターショットというのを引きで一発撮って、で、その後で、えー、じゃ、ここで、ここでっていうようなことをインサートで撮ったんですよ。
蓮實――なんていうんですか、あの場面、男と男が二人会って気詰まりな状況に耐えるという光景は、ことによると女性主導のシナリオ執筆の形態が、男性であるところの監督に、いわば試練として課したっていう感じがしたんです。男だけの脚本だったら、ああは絶対書かなかったと思う。しかし、現実には女性が脚本を書いていて、これはまともには撮れんぞ、っていう場面じゃなかったかと思う。
万田――はあ、彼女にはそういう魂胆が実は……。
蓮實――いや、魂胆というより、事実としてそうなった、と。
万田――はあ。
蓮實――いや、それがこの映画の面白さなんですよね。
万田――はいはいはい。
蓮實――つまり、シナリオが完璧なショット、完璧なアングル、完璧な編集で撮れるようにはなってないんですもの。
万田――ええ、ええ、そうなんですよね、きっと。
蓮實――しかも、これは男性社会に対する女性の側からの批判とかそういうものでは全然なく、たんにこの女性の問題なのだという感じがそこに出ていて、逆に生々しかったですね。
万田――あそこが生々しいとおっしゃる方、何人かいるんですよ。そこに敏感に反応させちゃうんですかね。
蓮實――普通の映画作りでは出てこないような不均衡がそこに露呈していて、演出というものがあらゆるものを統御するものではないぞ、しかし統御しなくても出るものは出るぞ、という度胸の据え方というのでしょうか。なんかそういう感じがして非常に面白かったんです。で、音楽なんですけれども……。音楽ってお好きですか?
万田――いやあ、僕はですね。音楽がよくわからないんですよ。昔からなんですけど、わからないんです。ですから、自分の映画につける音楽も、作曲の方に伝えるのに、どういっていいのか全然わからないんですよ。毎回困ってます。
蓮實――たとえば、『レムナント6』にしても、普通の監督だったらおそらくもっと奇妙な音楽をたくさん付けたでしょうね。それがない。今回も仲村トオルに対峠する青年がギターということであって。なにかこう、ギター的な爪弾きで済むことなら済ませたいというような気がありそうな感じがしたんですよ。
万田――あ、はい。あるんです。
蓮實――オーケストレーションって……。
万田――ものによってはオーケストレーションで、サスペンスはサスペンス、情緒は情緒らしくっていうのはあるんですよ。あるにはあるんですけれども、実際には予算的に難しかったりするわけです。それで中途半端はやめて、ごく限られた音だけで付けましょう、っていうそういう気持ちはあるんです。
蓮實――それから、この映画の取材で最近は台詞劇が多いんだ、っていうような取材を受けました?
万田――はい、受けました。
蓮實――でもそういう感じって持っておられました? いまの流れとして長い台詞をしゃべらせたわけじゃないでしょう?
万田――いまがそうなってるんだなんてことも全然知りませんでした。僕は勝手に、個人的にああいう長い台詞でやりあっていくっていうドラマを作りたい、その気持ちだけでしたから。
蓮實――そうなんだろうと思いました。最近の日本映画でいいますと確かに、たとえば吉田喜重さんの新作『鏡の女たち』も台詞が非常に多かったんです。別に、台詞が多いというわけではなくて、人間関係というものが言葉を介して結ばれてゆく。つまり視線の交わしあいだけではこの話はすまないぞ、というやっかいな話ですよね、これは。
万田――逆に、視線の交わしあいだけではすまない話を撮りたいという気持ちだったんですね。
蓮實――その意味で、台詞が二人の関係を際立たせてゆく最後の場面は、音楽を必要としていないほど盛り上がるという、最近では非常に珍しいケースだったと思うんですよね。
万田――あそこは、プロデューサーは音楽を入れたがったんですが、それは僕が拒否して、音楽なしでいきたい、と。
蓮實――それは、正解ですね。そこで音楽を入れたらば、ねえ(笑)。『UNLOVED』は、これから東京で上映されますけれども、どんな観客を期待しておられますか?
万田――いわゆるですね、一般のお客さんといいますか、それも男女でペアで見にきて、そして二人で映画を見終わった後に、何かこの映画の話をしてほしいと思います。こんな気持ちになったのは、実は初めてのことです。いままでは、傲慢なことに客を選ぶような感じで映画を撮るというようなスタンスを取っていましたけれども、今回に限っては本当にどなたも見てほしいですし、いろんな感想を聞かせてもらいたいと思います。
蓮實――それは、すごく良いことだと思いますね。要するに、シネフィル目あての映画では絶対にないということですね。しかしそれは、一般観客に媚びたり、というようなそんなことではなくて、単にこの映画をみてどんな反応をするか、皆さん方の心の中をちょっと見せて、という感じだと思う。
万田――まさに、そうですね。

『愛の世紀』『UNLOVED』、そして、愛の映画

蓮實――万田さんは、偶然ゴダールに会われて、肩に手まで添えられたんですから、最後にゴダールで締めたいんですがね。最近のゴダールってどうですか?
万田――あ、はい。実は僕、この質問が恐かったんですけれども、もう最近さぼってましてですね。見てないんです。今日、やっとちょっと午前中時間がありそうだったんで、見てから来ようと思ってたんですけれども、それも潰れてしまいまして。
蓮實――『ウィークエンド』は?
万田――『ウィークエンド』はもちろん見てます。
蓮實――ですからみなさんこれ(『UNLOVED』)を見られて、『愛の世紀』……いや、『愛の世紀』ってなんか卑猥ですよね。ま、それをぜひ見ていただき、万田の映画はゴダールに似てないじゃんか、なんていうことをいい出す人がいないように。つまり、ゴダールも見て、そしてゴダールにあれほど狂った万田さんがこういう映画を撮っているといういまの現実を肯定できるような、心の広い方々が、初日からユーロスペースに詰めかけていただきたい。あ、ということはゴダールと同時にやるわけだ! 『ウィークエンド』も非常に面白いですし、見て下さい。次の『フォーエヴァー・モーツアルト』も必見です。やはりゴダール/万田で行くってイイ線ですよねえ。このツーショットの写真、広告に使わなければ(笑)。たいていこういう時、最後に「さて、次回作は?」なんてことを聞くんですけれども。やはり次回作はできた時に話すなんていわずに、どんな方向でわれわれは次回作を期待したらいいのか、っていうお話をちょっとうかがいたいんですけれども。
万田――残念ながら具体的な話は動いてはいないんですけれども、僕の中で今回『UNLOVED』をやって、妻と一緒にコラボレーションしながら映画を作っていって、ものすごく僕自身の中で新しい発見があったんです。次回も是非そういうような形で、もう一度今度は『UNLOVED』とは違う何か男女の愛の話を作っていきたいな、という、いまどうも気持ちはそっちに向いてます。
蓮實――ゴダールの『愛の世紀』ですけれども、普通の愛の映画に対してゴダールの『愛の世紀』というのは全く違う撮り方をしているんですが、ゴダールがついに、男女をおなじ画面におさめて、しかもじっと二人の間に何かが交流するのを待つということを初めてやってるんですよね。しかもモノクロで。そこには台詞も殆どない。『UNLOVED』は台詞で大正解だったと思うんですね。あのような台詞って言うのは、日本映画の歴史で多分聞いたことがないっていう台詞ですよ。あきらかにそうだと思います。最近は長い台詞が多いなんていうそんな話ではなくて、全く違う。その映画は台詞を必要としていない、だから全部を画でやらくてはいけないなんていうとんでもない意見があるんですけれども、そうではなくて、『UNLOVED』にあるのは、まさにゴダールの映画にはないぶつかりあいです。これが素晴らしいと思う。視線の交わしあいすらなく同じショットの中に男女がいて、じっとそれを撮るみたいなひどいことをゴダールがやるならば、ゴダールと握手した万田もそのくらいのことをやってやる、と(笑)。奥様とのコラボレーションを非常に強く今後期待したいと思うんですけれども。今回と違う台詞の扱い方があってもいいのかなぁ、と。
万田――ゴダールがそれをやるんなら、僕はこういうことをやりたいなんていうと、奥さんにたいてい叱られるわけです。ゴダールと自分を比べても惨めになるだけなんだから、もっとほかのことを考えなさいって(笑)。そこがまた闘いになって、面白いものができるかな、と思いましたけれども。
蓮實――闘いなくして、映画はない、とね(笑)。


映画美学校公開講座より
(2002年4月27日、於アテネ・フランセ文化センター)

初出:『UNLOVED』パンフレット

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